今回もゲームの話でなくて、すみません。
ちょっとしたアレコレがあり、些細なことなんだけど、うるわしい誤解が生じて心が痛い(汗)ので、ゲームにもからめつつこの記事をあげます。私より若い(←つまりここらへんが誤解の元)神林長平ファンを増やすのが目的。
……失敗する確率のほうが大きいような気もしますけどね。
よろしければおつきあいください。
神林長平とは
引っ越してきた新世紀集合住宅の近くに林があった。灰緑色の葉をつけた低い木が等間隔に並んでいた。
それが林檎畑だと知ったのは、秋になって無数のリンゴが枝枝をしならせて実ってからだった。
どうりで林の前に柵があるはずだと、そのとき納得したのだが、ようするに私はこの歳になるまで林檎の木を知らなかったのだ。ある日散歩中にその木を見ながら、おかしな木にリンゴに似た実が生っているものだ、そう思った。いまになれば、おかしいのは私のほうだったのだが。(魂の駆動体より)
神林長平は、SF作家です。
SFは、常識をぶちこわした世界を作ることが出来る自由なものですが、そのぶん納得させるのが難しい。まず自分の常識がその世界を理解することを妨げるし、また理解するためにある程度の科学知識を要することもあったりする。だから、基本的に私はSFが苦手です。
しかし神林長平の作品は(特に最近のものは)、「常識を破るための設定」を粘り強く、がちがちと、書き込んでいきます。だから、最初はくどくて読みにくいと思っていても、気がつかないうちにテンポがあがっていく、という不思議な現象が生まれます。読んでいると、むしろライブ書き(プロットたてて書くタイプではない)と思いますが、そのとき思いつきを、なぜそうなるのか、とじっくりマニアックに分析していき、それを一言一句見逃さないように書き留めているような印象が強いんですね。
ゆえに、美文かといえば、そうではない、と断言せざるを得ません(むしろ自分好みの文体ではないというべきか。私の文体の好みは、最近の長野まゆみに幸田文、岡本綺堂、川端康成。翻訳なら堀口大學)。しかし、「独特の」言語文です。
若い頃の作品は割と体言止めの多い、割とぶつぶつと途切れて隙間が多い文章ですけどね。
思考の断片を書き留めたような形態です。普通私たちがものを考えるとき、いちいち文章のかたちでは考えないでしょう? それとよく似ています。
語られる、語りうるテーマ
さて、作品に繰り返しあらわれる問いは……「なぜ、世界は”そう”見えるのか」(あるいは見えないのか)。自分と他者(人間に限らず)で見えているものが同じであることあるいは異なることをどうやれば伝えることが出来るのか。つまり、世界の認識、認識のズレ、コミュニケーション、コミュニケーションの手段としての言語が世界認識にどのように影響を与えるのか、そのような問いが神林長平の奥底にずっと潜むテーマだと思います。
たとえば、小学生の頃、「隣の人と私は本当に、同じ世界を視ているのだろうか?」という疑問を抱いたことはありませんか? そんな問いは、結局、大人になっても答えることが出来ない。
でも、そのようなナイーブな問題を取り上げているのが、神林長平の物語です。その作品群は哲学的と言われていますが、それはとても素朴な、回答不能の問いを繰り返し呈示して思索しているためだと思います。SFでよく取り上げられるテーマともいえますが、子どもの時の問いをずっと心の隅で抱き続けているような人であれば、きっと神林長平の作品は心に響くはず。だから、まだ「子どもの時に抱いた問い」を忘れていないだろう、若い人に読んでほしい。
どこかで読みましたが、神林長平と出会うべき年齢は10代、遅くても20代までに、と。
私もそれに賛成です。(自分もその口でした)
でも、子どもの時の謎を持っている大人なら、何歳になってもOKだと思いますけどね(笑)!
じゃあ、若者向けなら、最近よくありがちな「世界は没落する」暗い物語なのか、と言われると、そうでもありません。
確かに初期の作品は鋭利なナイフのような切り捨てっぷりで、次第に変化するものではなくデジタルな変化(All or Nothing)を思わせる、才気走った作品が多いです。まさに「天才あらわる!」作品で、面白い上に読みやすいもの多々。
しかし、やがて作風が変わってゆきます。「それがどうした、あなたには関係ない」とゼロで済ませていたものが、「あなたとわたしは違う、それがどうした、それでいいじゃないか」という肯定感が生まれてくるんです。安易な肯定感ではなく、厳しく自我を立たせた上での肯定感です。存在への肯定感、ともいうべきでしょうか。ディスコミュニケーションからコミュニケーションを求める苦闘の物語になっているのかもしれませんね。
読んだ後に、「ああ、いいな」と素直に思える作品も多い。
そして、創造することも、作品群の一つのテーマだと思います。言語によってでも、実際に手を動かしてでも、創造することの喜びや苦しみを描く物語が多いと思います。創造性に一種のあこがれすら抱いている自分は、それがまぶしい。
とにかく感心するのは、語り得ないものを外堀から埋めていって説得させてしまう手法。
独特の言語感覚と言われていますが、実は彼の作品は、言語で何とか「体感」させようとする欲求がものすごく大きいんじゃないかという気がする。思いや感覚(感情ではなく)をこちらに実感させること、頭で納得させるのではなく。これもテーマのひとつではないかと思います。あるいはこれも、ディスコミュニケーションからコミュニケーションへつなげるための苦闘というテーマであり、内容および手法における「コミュニケーションすることとは」という二重テーマになっているのかもしれません。
<独り言>
作者、かつては自分の思うことを伝えようとするのに本当に苦労した人なんじゃないかと思うんですよねえ。コミュニケーションの限界が常々すぐ自分の隣にあったんじゃないかと。
で、この「コミュニケーション不全」の感覚は私にも身の覚えがあるものです。だから、私はその「コンプレックス」のようなものに共感するのかな、と時々思います。
</独り言>
なーんて難しく構える必要はどこにもないんだけどね。ただ楽しめればいいんです。
そして、とある一冊で開眼すればいいんです(笑)。
でも万人向けではない
好き好き分かれそう、という神林長平の特長は「機械がいっぱい出てくること」。
機械好きの人にはたまらない作品群でしょうが、そうでない人は「なんじゃこりゃ」になってしまうことも多いです。機械というだけで、拒否反応出てしまう方もいらっしゃるでしょうし。
神林世界の中で書かれる機械は、擬人化されることはほとんどなく、「人間は人間、機械は機械だ」という厳然たる線が引かれている関係が多く描かれています。
二つ目の「分かれそうな点」は、神林長平を神林長平たるものに成り立たせている、まさにその独特の言語感覚です。言語によって物理的世界が崩壊していく物語が多いため、肌に合わない人はそれなりにいると思います。語り得ないものを語ろうとする苦闘が文章にものすごく出ているため、強引な展開に思えるものもあります。その勢いに乗れないと、きつい。そしてとにかく独特の文章なので好き好きありそうですし、慣れるまで時間がかかりそうです。
最後に、理屈を述べ立てるような作品が嫌いな人は合わないこと請け合い。もう完璧なほど合わないと思います(笑)。諦めましょう。語られている内容は哲学的で文系要素が強いと思いますが、理系的な知識や考え方をベースにした物語で、システマティックではないけどシステム重視の作品揃いですから(神林長平はばりばりの理系出身)、そういう理屈っぽさが嫌いな人は合わないでしょう。
入門書
個人的には「ライトジーンの遺産」が一番入りやすいと思います。ハードボイルドでちょっとへたったウィスキー中毒のエスパーなおっさんが主人公です。主人公はかっこよくない(私はかっこいいと思いますが)かもしれませんが、かっこいいとはこういうことだ、という書評の言葉が帯に書かれているように、とってもかっこいい小説です。一時期ラノベの文庫として刊行されていたくらいのものですから、気軽に手に取れるものでしょう。今はハヤカワJAに入って一冊にまとめられています。
おしゃべりメカと黒猫が大好きな人は、「敵は海賊」シリーズから入っても可。私はこちらから入りました。
ただ、口調が軽く見えても中身はがっちりSFなので、SF未体験の方は慣れるまでちょっぴり大変かもしれません。でもおしゃべりメカの人工知能、ラジェンドラがとにもかくにも素敵な奴です。ラジェンドラと上司のラテル(人間)、アプロ(黒猫型宇宙人)のスラップスティックSF。(あー、主人公はたぶんアプロとラテルです。でもこの語順で私の中のランキングが分かるかと思います。一艦と一人と一匹、の順。)
風邪引いたり夢を見たりヒステリー持ちで無限の罵詈雑言辞典をもち「偉そう、ではありません。私は偉いのです」とプライドの高いおしゃべり、ラジェンドラもちゃんと「機械」やってます。彼は人間を超えらえると信じている(?)んですよね。だって彼は飛ばされている電波をそのまま捕らえることが出来るわけだし宇宙空間も飛べるわけだし人間よりずっと出来ることが多い。でも人間とコミュニケーションをとれる時空を気に入っているから、そこにとどまっている粋な奴。「そんなきみが、だいすきさ。」
才気走った作品が読みたいよ!というのであれば、意外と読みやすく、同時に衝撃的でもある初期短編集の「言葉使い師」または「狐と踊れ」を。とてもSF的な作品だと思います。言葉使い師なんて、エンディングの文章がかっこよすぎるんだよなー。今思い出してもまるまる覚えていて、「ああ、かっこいいなー」としみじみ。
雪風シリーズは、飛行機好きなら第一部「戦闘妖精・雪風(改)」は最初の作品としていい入り口になると思います。飛行機に関するわけのわからん専門用語は飛ばしてよし!(←私がそーでした。でも、SFは嘘くさいから嫌いアクションが好き、という父もこの話は好きだったので、アクション好きにもいけるかもしれません)
しかし第二部「戦闘妖精・雪風 グッドラック」以降は神林節絶好調の認識論と言語マジックがきらめくので、少し慣れてからのほうがいいかもしれません。特に第三部「戦闘妖精・雪風 アンブロークン アロー」は相当神林作品のエキスが詰まったような濃厚な哲学風味の神林節で、「とにかく圧倒される、わけがわかんないけど読んでしまう」という代物になっています。なお雪風シリーズのエンディングはどれもこれも秀逸です。特に第三部の爽快な読後感といったらない。
子どもの残酷さを如実に味わってみたい、あるいはホラー系統が好きな方は「七胴落とし」を。これはカンバヤシ読みではない友人もはまっていました。
ゲーム別おすすめ作品
- 「あなたの魂にやすらぎあれ」:ゼノギアス
ゼノギアスの元ネタともいえる物語で、やっぱり製作者がファンだった(笑)。ゼノギアスファンの方なら「あなたの魂にやすらぎあれ」とよく似たセリフがあったことに気がつくかもしれません。著者初の長編とは思えないほど素晴らしい完成度の作品です。最初は読むのに時間がかかるかもしれませんが、やがてものすごいスピードで読みまくるようになれば、あなたも神林作品の術中に陥ったということ(笑)。快く、楽しんでください。 - 「ライトジーンの遺産」:ウィッシュルーム
エスパーおっさんが主人公ですが、エスパーバトルはほとんどありません。「面倒くさいから落ちたもの拾うのに超能力使っとく」レベルの、志の低い(?!)普通のへたれたおっさんです。あと、本好きな人にはこの話、すごく素敵な話だと思います。主人公が本好きで古本屋でアルバイトして、本を適当にもらって読む悦楽。 - 「戦闘妖精・雪風(改)」:エースコンバット
いうまでもなかった……。ちなみにオリジナルの雪風((改)がついていないほう)は既に絶版です。どーでもいいですが、中黒があるのが原作、中黒がないのがアニメ(笑)。作者は中黒嫌いらしく、本来のタイトルはアニメのように中黒なしにしたかったらしい。 - 「炎帝朱夏」:ぼくのなつやすみ
これはガチでおすすめです。「麦撃機の飛ぶ空」という、ちょっと珍しい本の中の一篇ですが、夏への抜群の郷愁を感じさせる作品。SF要素はほっとんどない、ちょっぴり切ないいい物語です。 - 「敵は海賊」シリーズ:まいにちいっしょ
好き勝手生きる黒猫と良心の塊の白猫がいるので。……すみません、無理矢理です。でも猫好きにはたまらない一冊がありますヨ(笑)。 - 「魂の駆動体」:グランツーリスモあるいはすべてのカーレースゲームに。
自分がドライヴする「車」、つまり自分自身の魂をもドライヴすることがなくなってしまった世界で、じいちゃん二人が車を作り出そうとする物語。もうこのじいちゃんたちが少年のようですっごく熱い。可愛い。 特別、車好きでもないし免許も持っていない自分ですが、じいちゃんたちの創造行為がなんともかっこいい。またこいつの締めがたまらんのですよ~! 神林作品は好きな物ばかりですが、その中でも「特別な作品」のひとつ。これも割と読みやすいタイプなので、車好きなら最初に手に取る本でもよいかも。 - 「ラーゼフォン 時間調律師」:シグマ ハーモニクス
……あれ?とサブタイトルを見た途端に分かってしまったかた、その通りです(大笑)。平行世界も……(ネタバレを避けるため以下略) - 「戦闘妖精・雪風 アンブロークンアロー」:ベイグラントストーリー
敵役が似てるかなーって思って……すみませんこれ無理矢理にこじつけです。アンブロークンアローが神林作品の中でも大傑作なのは間違いありませんが、哀しいことに雪風第一部、第二部既読でなければ意味不明だろうこと、科学や議論について抵抗感のない人(知っている知らないではなく)でなければちょっときついかもしれません。 - 「帝王の殻」:キングダムハーツ 2
ほんものとノーバディの関係性がどことなく作品とかぶります。キングダムハーツ2の「情報を集めた存在」としてのノーバディが好きな人は、神林好きになる素地があると勝手に思っていますが、いかがでしょう? 私がKHよりKH2のほうが好きだという理由の一つでもあります。 - 「膚の下」:シグマ ハーモニクス
神林長平の最高傑作にあげる人も多い、創造主の物語。しかも、かなり自分勝手な。シグマと結びつけるにはちょっと無理矢理感はありますが、切なさ具合は似たようなものです。人によっては号泣出来るSF。これまで人生で一冊しか泣けた本はありませんが、その近くまで寄りきった本でした。ま、よーするに、泣かなかったんですが(笑)、本当によい話でした。あまりにも創造主が厳しいながらも純真過ぎて泣けてきそう。私にとって神林作品の傑作は、感情よりも何よりも、ぎくりとかどきりといった、心臓の鼓動がその衝撃を教えてくれるんですが、それを感じた作品のひとつ。感情認知よりも体の変化のほうが早いんだ、そして、言葉そのものが、体に衝撃を与える、つまり物理的な力を与えることが出来るのだ、ということを教えてくれるもの。
創造と、SFと、素晴らしいです。(たとえばこんな。) - 「永久帰還装置」:FF10
最初のモノローグは子どもティーダをふと思い浮かべてしまいます。神林初心者にはちょっときついけど、読めば「ああなるほどFF10か」と納得出来るような気がする……たぶんね。 - 「Uの世界」:FF7(クラウド限定)
蜜蜂のや(ry) ……ギャグとして。Uの世界そのものはシリアスです。しーりーあーす! - 「完璧な涙」:FF8
構築された時間を壊そうとする「未来」と時間を固定化しようとする「過去」の戦いと、魔の姫、魔姫と呼ばれるわずかに年上の女との繰り返される邂逅、そして快不快しか「感情のない」主人公。エンディングでタイトルが効いてきます。昨晩も一気に読み返したところ、FF8好きならこれはかなり「アリ」の作品ではないかと感じました。初めての神林あるいはSFならばちょっとおすすめしにくいですけど、個人的に好きな物語のひとつ。
この中にスラップスティック系が敵海以外に入っていないのは痛恨だわ……。「宇宙探査機迷惑一番」なんかはもうタイトルからしていてギャグ入っているのに。
あと、個人的な好みでもある言語のねっちりと濃い系の物語「言壺」「我語りて世界あり」も入っていません。言語を用いた作品は映像化で全ては表現されきれないものなんですよね。
終わりに、ごめんなさい
語りすぎて自分、気持ち悪い人になってるわー。すみませんすみません。
自分が受けたあの衝撃を、他の人にも味わってほしいなあ~と前々から思っていたのですが、単に自分がその手の作品を知らなかっただけ、という可能性はある。
が!ですけども! 神林作品に出会って受けた心臓ショック(マジで心臓に来るんですよ、どきっとか、ぎくっとか)は、他にはラリィ・ニーヴンの「無常の月」しかありません。そんな衝撃を複数冊、すなわち複数回にわたって与えてくれたのは彼の作品だけ。本当に私の膚に合う作家なのでしょう。
取っつきにくいかもしれないけど、無駄なことを考えるのは若者の特権、そしてそれをきっと助けてくれるのが神林長平の作品。
だから、若い人が読んでくれると嬉しいです。「若いファンが増えることが何よりもご本人の楽しみ」だそうですから。
(そして私は若くない)
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